桐光学園中学校・高等学校
大きな学校の細やかな教育設計図
パンフレットに並ぶプログラムの裏側には、一つひとつの誕生ストーリーがあった
神奈川県川崎市麻生区。小田急多摩線・栗平駅から徒歩12分。中高合わせて約3,000名が通う桐光学園中学校・高等学校。
「男女別学」「部活動が盛ん」「大規模校」多くの方が持つ印象はおそらくこのあたりでしょう。しかし今回、校長の岡村薫先生にお話を伺って感じたのは、この学校の核心はもっと別のところにあるということでした。
英語教諭として30年、国際部長として8年。スタンフォード・ケンブリッジ・ハーバードなどで今も自ら学び続けている校長が、桐光学園で何を実現しようとしているのか。それは、3,000人の生徒それぞれの「やりたい」に必ず応える場を用意するという、教育の設計思想でした。
「言葉が流暢でなくても、考えの深い人間の言葉は届く」
校長の原点
海外からのホームステイを受け入れていた家庭で育った岡村校長。物心ついた頃から、夏休みには家にアメリカ人やオーストラリア人がいるのが当たり前でした。高校時代にはミズーリ州にホームステイ。当時仲良くなった友人は、いまセントルイスで医師をしています。数十年を経てSNSで再びつながり、「君の部屋があるから来いよ」と言ってくれる関係が今も続いています。
海外に行くことが大好きだった岡村校長は、若い頃から国際線のオープンチケットを使い、アメリカを起点にアジアまで、家族を連れて年に何度も海外に出かけていました。世界中で出会った人々とのつながりが自然と積み重なり、それが後に桐光学園のプログラムを支えるネットワークにもなっていきます。
そうした経験の中で校長が気づいたのは、「流暢に話せる人が、必ずしも深い対話ができるわけではない」ということ。逆に、言葉に多少の壁があっても、考えの深い人間の言葉は相手にちゃんと届く。この実感が、桐光学園の国際教育が「語学力の先」に目を向けている理由です。
「失敗を恐れず挑戦できる安全地帯」をつくる
男女別学の設計思想
桐光学園の男女別学は、「分けること」が目的ではありません。併設の桐光学園小学校は共学です。通学路で女の子が虫を捕まえて男の子に見せびらかす、そんな光景がごく普通にある環境です。ところが多くの学校では中学に上がると、知らず知らずのうちに「女の子らしさ」「男の子らしさ」に寄っていく。理系は男子のもの、リーダーシップは男子が取るものそうした社会的な無意識の思い込みが、本来持っているはずの潜在力にブレーキをかけてしまう。
思春期の生徒にとって、自分の力を試せる環境には大きな意味があります。同性だけの空間は「失敗しても大丈夫」という安全地帯として機能し、遠慮なく挑戦できる。その中で培われた自信が、やがて社会に出たときの確かな基盤になるという考え方です。
結果として、女子のコース選択で理系志望が約半数を占め、医学部志望も年々増加しています。文化祭や体育大会、生徒会活動は男女協働で行われ、文化祭の実行委員長を女子が務めることも、女子が生徒会長になることも珍しくありません。さらに高2・高3になると、進路が固まってくる段階に応じて男女合同の選択授業や講習も始まります。
ニュージーランドのクライストチャーチにあるシャーリーボーイズとエイボンサイドガールズも同じ考え方で、2019年より「2 Schools, 1 Campus」として教育は別々に行いながら文化活動や課外活動では活発に交流しています。ターム留学で本校生徒が毎年訪れ、「桐光と同じだ」と感じる学校です。
「昨日の試合、見た?」から始まる授業
同じ教材、違うアプローチ
教材も試験も男女共通。でも教え方は変えます。前日に大きなスポーツの試合があった翌日、「昨日の試合、見た?」から入ると男子の教室は一気に空気が動く。でも同じ入り方を女子の教室でやっても反応は違う。授業の導入だけでなく、議論での発言の引き出し方、課題設定、フィードバックの与え方まで、別学だからこそ見える一人ひとりの特性を丁寧に読み取り、指導に活かしています。ただしそれは「男子はこう、女子はこう」という固定ではなく、一人ひとりの傾向と強みを最大限に引き出すための設計です。
桐光学園には年2回、生徒が教員を5段階で評価する授業アンケートがあります。同じ教員でもクラスや男女によって満足度が異なることが数字で見える。平均値として4.5を積み上げている先生が、ある授業だけ3.5になっていれば、そこに何かミスマッチがある。教員にとっては厳しい仕組みですが、授業の質を高め続けるサイクルが回っています。
「本物を体験させたい」 THINKTIONプログラムの話
世界トップレベルのPBLに触れる
THINKTIONは「THINK(考える)」と「ACTION(行動する)」を組み合わせた桐光学園の造語です。中2〜高2の希望者が夏休みの8日間、アメリカ・サンディエゴのHigh Tech Highの教員からPBL(課題解決型学習)を学びます。High Tech Highは経済産業省が視察団を送ったこともある、PBLの世界的な実践校です。滞在先はカリフォルニア大学サンディエゴ校の寮。例えば「国境(ボーダー)」をテーマに実際にアメリカとメキシコの国境を訪れ、移民問題をリサーチし、英語で発表を重ねるような体験が展開されます。パドレスの大リーグ観戦も「アメリカ文化そのものに触れる」プログラムの一環で、OBの松井裕樹選手が登板する試合を観戦することもあるかも?とのこと。
このプログラムが実現したのは、海外が大好きな岡村校長がこれまでの旅や留学の中で築いてきた人脈があったからです。興味深いのは、参加した桐光の教員たちの中から「実はうちでも普段からやっていることだった」という声が出たこと。桐光学園では教員の裁量が大きく、それぞれが工夫しながら授業を設計しています。さらに、教員同士で教え方を共有し合い、互いに高め合うことで授業の質を磨き続けている土壌がある。PBL的な学びがすでに教室の中で自然に根づいていた──THINKTIONは、それを教員たち自身が再確認する機会にもなりました。
「生徒に学べと言っている以上、自分も」
今でも海外大学の講座を学ぶ校長
岡村校長がスタンフォード大学教育大学院の「21世紀型教育」講座を修了したのは、コロナ禍の最中のこと。10年前、20年前の話ではありません。半年ほどかけて学び続け、レポートも提出しました。ハーバードのリーダーシップ論はedXで、ケンブリッジ大学では生徒の作文力向上に関する講座を受講。2024年からはHarvard Business ReviewのAdvisory Councilのメンバーも務めています。取材中にスマートフォンで見せていただいたのは実際の受講申込み画面で、修了証は現物を手に取らせていただきました。
その学びは、そのままプログラムの設計に反映されています。ケンブリッジ大学リーダーズ研修は、中3・高1対象でケンブリッジの教授陣から大学の講義を受けるプログラムです。導入のきっかけは、ケンブリッジの教授たちが「どんなレベルでも教えられる。やさしく説明できないなら、本当に理解したことにならない」と語っていたこと。それなら中高生にだって教えられるはずだ。そう考えて、このプログラムに至りました。
「選択肢を見せる」 海外大学への道の開き方
ダブルディプロマとグローバル併願
2025年度にカナダ・オンタリオ州/アメリカ・ロードアイランド州の高校と締結し、ダブルディプロマ制度を導入しました。桐光の単位が認定されるため、オンラインで7~10単位を取得すれば海外の高校卒業資格が得られます。受講生の動機はさまざまで、卒業資格の取得を目指す生徒もいれば、「海外の授業を体験してみたい」「帰国生として英語力を維持したい」「カナダのESL(移民向け英語教育プログラム)を受けてみたい」という生徒もいるそうです。ファッションや統計、経済など、日本の高校にはない科目があることも魅力のひとつです。
「グローバル併願」は、国内大学の受験に専念しながら、これまでとは比較にならない容易な手続きで、並行して海外大学にも出願できる仕組みです。岡村校長が大切にしているのは「選択肢を見せること」。自分の力で海外の大学にも行けるという可能性を知ったうえで、日本の大学を選ぶのか、海外に挑戦するのかを自分で判断してほしい。進路選択を「決められた選択肢から選ぶ」ではなく、「自分で探究するプロセス」にしたいという思いです。
「先生、世界に行けって言ったじゃないですか」
卒業生と大学訪問授業がつなぐもの
岡村校長が若い教員だった頃、授業では海外の話ばかりしていたそうです。国際線のオープンチケットでアメリカからアジアまで飛び回っていた自身の体験を、教室でも語っていた。その教え子の一人に、大村くんという生徒がいました。
校長が校長職に就いたと知って連絡をくれた大村和弘さんは、いま慈恵医大の医師として、アジアをはじめ世界各地の医療が届きにくい地域で活動しています。その活動を追ったドキュメンタリー映画『Dr.Bala』は世界各国の映画祭で注目を集め、著書『破天荒ドクター』も刊行されています。「先生、世界に行けって言ったじゃないですか」そう笑う卒業生の姿に、校長は教員として何より誇らしく嬉しかったといいます。
大村和弘さんは桐光での講演も実現してくれました。このような縁から、慈恵医大との連携が生まれました。医学部を目指す生徒たちが現場の医師から直接話を聞く機会ができ、今年度は女子生徒の医学部合格にもつながっています。そのうちの一人は「世界で活躍したい」と、海外の医学部を選びました。
桐光学園には「大学訪問授業」というプログラムがあります。土曜の4時間目に年間約20回、大学の教授や各界の第一人者が来校し、中高生に向けて大学レベルの講義を行うものです。過去には坂本龍一氏、池上彰氏、田原総一朗氏、羽生善治氏、沢木耕太郎氏、夏井いつき氏、谷川俊太郎氏などが教壇に立ち、その内容は書籍にもまとめられています。
「男の料理教室から東大理科対策まで」 年間600講座の放課後
受験対策と知的好奇心が同居する講習制度
桐光学園の講習制度は「通常講習」「指名講習」「ユニーク講習」の3種類。年間およそ600にのぼる講座が開かれています。生徒にはデジタルブックで配布されます。
通常講習は放課後、低学年では基礎的な内容に始まり、高学年になると受験対策が中心。高3になると「東大英語」「小論文 慶大」「小論文 医学部」など志望校ピンポイントの講座がずらりと並びます。講座名には教員の個性があふれていて、「意訳取締官 -通称イトリ-」「VOCABULA天国2026」「現代文1,000日計画〈今年は東大〉」。指名講習は学校が成績上位者を指名するもので、中1から中3まで英語・国語・数学で実施されています。
そして最も桐光らしいのがユニーク講習です。「〈文豪〉になろう」は小説や詩を自由に創作して読み合う講座。「初めての宝塚歌劇」はOBが出演する星組公演をS席で鑑賞。「江の島フィールドワーク」は地理の視点で地形を歩きます。「ヨーデルに挑戦」「男の料理教室(初級)」「星空を見上げよう」「やきものの世界」「柔道の受け身と投げ技を体験しよう」受験とは無関係の、教員の専門や趣味から生まれた講座です。
近年の大学合格実績では、早慶上理の合格者数が過去10年で最高を記録し、国公立大学、医学部医学科も安定した実績を維持しています。海外大学への合格者も年々増加傾向にあり、校長が掲げる「世界から選ぶ進路設計」が数字にも表れ始めています。そしてダブルディプロマのきっかけもユニーク講習から生徒の要望が上がったことでした。受験対策の場であると同時に、新しい学びの芽が生まれる場でもあるのです。
「熱量のある生徒と、それに応える教員が出会ったとき」
中学でほぼ全員、高校で8割が所属する部活動
運動部・文化部あわせて約50のクラブ。部活動参加率は中学101%(兼部を含む)、高校80%。サッカー部は2025年全国高校総体に神奈川第1代表として出場し、水泳部は全国大会29年連続出場。バスケットボール部はウィンターカップ5回連続10回出場、電子工学部はU22プログラミングコンテスト2024で3賞を受賞しています。
文化部にも独自の文化があります。折り紙研究部を創設した卒業生の折りたたみ技術が、宇宙での太陽光パネル展開技術に応用されたこともあります。競技かるた部は創部から程なく近江神宮で行われる全国大会に出場。「部活がなければ作りましょう」という学校の考え方が、新しい活動を生み出し続けています。約3,000名の規模だからこそ、多様な個性が集まり、ニッチな分野でも仲間が見つかる。それが全国レベルの成果につながる土壌になっています。
「廊下のない校舎」 2028年、新校舎が実現する教育
50周年記念事業 新校舎の設計思想
2028年、高校創立50周年を迎える桐光学園に6階建ての新校舎が完成します。設計は建築家でもある小塚良雄理事長自身。出発点は「どのような学びを日常化させるか」という問いでした。
コンセプトの一つには「廊下のない校舎」。各フロアの中央に共有スペース(=ラーニングコモンズ)を配置し、その周りを教室が囲みます。授業で生まれた問いを教室の中で閉じず、対話を通じて再構築する──学びを連続したプロセスとして日常化するための設計です。男女別学というテーマに「分離と統合」という教育思想を、制度だけでなく空間そのものに埋め込むことが新校舎の本質だと校長は語ります。
2階には高2・高3の職員室が入りますが、これまで男女別だった職員室を学年単位に統合。高学年の選択授業における男女合同もこの段階的統合の一環で、女子生徒が新校舎を訪れる動線も自然に生まれます。
インタビューの帰り際、「やっていることが多すぎて伝わりにくいんですよね」と校長自身が笑っていました。実際、校長の話は次から次へと広がり、聞いているこちらも引き込まれて、気づけば予定の時間があっという間に訪れていました。もっと聞きたい、まだまだ出てくるはずだ──そう思いながらも取材を終えなければならなかったのが正直悔しいほどでした。
しかし、限られた時間の中でも十分に見えたことがあります。岡村校長が校長職を引き受けるにあたって自らに問うたのは、「自分に何ができるか」ではなく、「桐光学園が本来持っている力をどう解き放つか」だったといいます。男女別学の設計も、海外プログラムも、600の講習も、48のクラブも、2028年の新校舎も──そのすべてが「一人ひとりの力を解き放つ」という一本の軸でつながっている。学校全体をその方向へ束ねていこうとする校長の覚悟が、取材の端々から伝わってきました。