狭山ヶ丘高等学校付属中学校
学力伸長率埼玉県1位── 1学年50人の学校で起きていること
── 狭山ヶ丘高等学校付属中学校が「入学後に学力を伸ばす学校」であり続ける理由
埼玉県入間市。西武池袋線・武蔵藤沢駅から徒歩約13分の住宅街に、1学年わずか50名ほどの私立中学校があります。狭山ヶ丘高等学校付属中学校──2013年に開校したばかりの新興私立中学校です。
しかし、この小さな学び舎から東京大学現役合格者が累計4名。2023年度は卒業生39名中13名が国公立大学に合格し、およそ3人に1人が国公立という数字を叩き出しました。
学力推移調査の最新データ(2026年1月実施)では、中3が埼玉県1位・1都3県で2位の偏差値上昇率を示し、中1・中2もともに3位でした。これは今年に限ったことではなく、毎年安定してこのような成績を残しています。
その秘密を聞きに、同校を訪ねました。お話いただいたのは大江基史教頭と、狭山ヶ丘高校の卒業生でもある渡邉圭輔先生です。
「黙想」は単なる枠組みではなく、その時間をどう使うか
同校卒業生の東大合格者が受験直前に使った「黙想」の意味
同校のすべての授業、すべての行事は「黙想」から始まります。約1分間、生徒たちは静かに目を閉じます。
この習慣は、創立者・近藤ちよ先生がかつて導入した「自己観察教育」に端を発しています。大江教頭によると、昔の狭山ヶ丘は「やんちゃな生徒も多く集まってくる学校」だった時代があるそうです。その中で「3年間で落ち着きのある大人にする」ために始まったのがこの教育だといいます。
時代とともに学校の位置づけは進学校へと変化しましたが、「折に触れて自分を振り返り、次に何をすべきか考える」という根幹は変わっていません。
印象的なエピソードがあります。大学入学共通テストを受験した卒業生が、試験開始前に自分で黙想を行い、心を落ち着けて本番に臨みました。その生徒は東京大学に現役で合格しています。
黙想だけではありません。自己観察教育にはもう2つの柱があります。「茶道」と「対話」です。茶道は高3時、週1回の必修授業として行います。校内の茶室で裏千家の正教授から学び、全員が初級許状を取得して卒業します。渡邉先生自身も卒業生として在学中に茶道を経験されています。「初級許状、持ってます!」と笑っていました。
自己観察教育の3つ目の柱は「対話」です。
創立者・近藤ちよ先生は、「口は人を傷つけるためにあるのではない。体を守る食事をするために、また、人の心に安らぎを与える言葉をだすためにあるのだ」と説きました。相手の話をよく聞き、自分の考えと比べながら互いに高め合う。その最も身近な一歩が、校内のいたるところで交わされる挨拶です。
日々の仕組みとしても、毎朝提出する「生活の記録」があります。生徒が前日を振り返って書き、担任がコメントを添えて返却する。声に出す対話と、文字で交わす対話。その両方の積み重ねが、1学年50名ほどの学校ならではの信頼関係をつくっています。
「帰れま10(テン)」── 満点を取るまで帰れない小テストの名前
小テスト制度の通称はテレビ番組をもじって「帰れま10(テン)」でです。主に土曜日に実施され、英単語テストなどで満点を取れるまで繰り返します。
朝ゼミは週3回程度、7時20分から8時10分まで。英語・数学・国語を習熟度別で展開し、朝ゼミ専用のスクールバスも走っています。放課後にもゼミがあり、教員のスケジュールにもよりますが、「朝早く来て学習する習慣を身につけてほしい」という想いから、朝ゼミがゼロにならないよう先生方も頑張っています。
夏期講習は約16日間、冬期講習は約4日間。すべて80分授業で基礎・応用の2段階に分かれ、講師は全員、自校の教員が担当します。
渡邉先生はその要因のひとつに「知識の詰め込みだけじゃないこと」を挙げました。学んだことを実習や発表でアウトプットする機会が多く、それが学力の定着につながっているという認識です。
体験する、調べる、自分の言葉で書く── 畑から論文までの3年間
「勉強はしっかりやりなさいと言うタイプの学校です」──大江教頭はご自身の学校をそう表現されます。しかし、その日常には畑仕事もあります。
中1・中2の「総合的な学習の時間」では、校地内の専用農地で農作業を行います。栽培する作物は班ごとに決めます。「私たちはピーマン」「私たちは大根」。種から育てるものも苗から育てるものもありますが、最初から最後まで一貫して自分たちで手がけます。
中1では「食」をテーマにした調べ学習が並行し、食品ロスなどについてGoogleスライドで発表します。中2ではSDGsへテーマが広がり、中3で集大成の研究レポートに挑みます。
テーマは完全に自由です。教員1人あたり8〜9人のゼミ形式で指導にあたります。
4,000字以上の論文を書き上げ、KP法(紙芝居プレゼン)でクラス発表し、ブラッシュアップを経て、3学期にポスターセッションとして後輩たちや保護者の前で発表します。実際には6,000〜8,000字に達する生徒も少なくありません。
体験する→調べる→自分の言葉で書く。この段階的な設計が、「知識の詰め込みだけではない」学力向上の土台になっています。
「全員の顔と名前がわかる」という規模感
1学年約50名、2クラス。この小ささが、すべての教育を支えています。
中学校の会議は学年別ではなく全体で行います。3年生の課題を1・2年生の教員とも共有し、学校全体で動ける体制があります。学年横断のグループワークでは、中3が自然とリーダーシップを取り、中2が「次は自分の番だ」と意識する成長サイクルが生まれています。
また、卒業後のつながりも深いです。
大学入試を見据えながら中1を教える──「中高を分割できないほど小規模」であることの強み
同校の教員は全員が中学と高校の両方の授業を担当しています。中学生だけを担当する常勤教員はいません。
校舎の上階に高校2年生のフロアがあるなど、施設のほとんどを高校生と共有する環境になっています。また、多くの行事も中高一緒に行っています。
ベルーナドームの体育祭、「それが志望動機です」
体育祭の会場は、西武ライオンズの本拠地・ベルーナドームです。これは、もはや学校のアイデンティティといえます。
「体育祭をベルーナドームでやると知って入学を決めました」という生徒もいるほどです。
教員の視点で語られたメリットは意外にも実務的でした。ドーム屋根があるため雨天延期がありません。近年深刻化する熱中症リスクも軽減されます。保護者が観客席から見やすいという点も大きいそうです。スケジュールが確実にこの日と決められるのは、学校運営上もありがたいとのことでした。
中高合同の部活も――先輩がすぐそばにいる環境
同校のクラブ総数は約38。中学時代は体育館で活動できるバドミントン、バスケットボール、なぎなた、合気道などの運動部に加え、文化部は吹奏楽部やインターアクトクラブ、家庭科部など多彩な選択肢があります。文化部は中高合同で活動しており、中学生が高校の先輩とフランクに話している場面も日常的に見られます。
武道の必修に合気道を採用しているのも、この学校ならではの特徴です。
同校には車で15分ほどの場所に39,000㎡を超える総合グラウンドがあり、サッカー・野球・アメフト・弓道といった本格的な運動部が活動しています。中学から高校に上がったタイミングで「待ってました」とグラウンド系の部活に飛び込む生徒もいて、高校進学と同時にアメフト部に入部する生徒もいます。中学で基礎体力と学習習慣を固め、高校で新しいフィールドに挑戦する──6年一貫だからこそ描ける成長のストーリーがここにあります。
スクールバスが広げる通学圏── 乗ってしまえば、降りたら校舎
4駅(川越・狭山市・入曽・箱根ヶ崎)から無料スクールバスを運行しています。1台は約50人乗りの中〜大型バスで、入学者の居住地データをもとに配車を計算しており、バスに乗り切れなかったことは一度もないそうです。
通学圏は埼玉7割・東京3割です。中学は高校に比べて東京の多摩地区(箱根ヶ崎方面)からの生徒比率が高くなっています。私立中学受験を考えるご家庭は通学圏を広く捉える傾向があり、「スクールバスに乗ってしまえば、降りれば校舎。そこが保護者にとって安心感があるのかもしれません」と大江教頭はおっしゃっていました。
ちなみに乗り遅れた場合──交通機関の遅延なら入曽駅でピックアップしてもらえます。本人の寝坊の場合は?「それは……頑張って電車で来てください(笑)」。優しい口調の中にも、甘やかさない一線がありました。
「思ったより普通だった」── 入学後の声
「ガチガチに縛られる真面目学校」──入学前、そういう印象を持つ生徒や保護者は少なくないようです。
染髪は禁止されていますが、髪型などを制限する頭髪検査は行っていません。スマートフォンは持ち込み可で校内では電源OFF。制服はきちんと着ること。それ以上の「厳しい校則」は、特にありません。
入学直後は小テストや朝ゼミの日常に「大変だ」と感じる生徒もいます。生活の記録に「疲れた」と書く子もいるそうです。しかし、それはやがて当たり前になっていきます。
全体として落ち着いた雰囲気の生徒が多いです。大江教頭が印象的だったのは、全校集会で「はい、注目して」と言ったら、本当にパッと全員が前を向いたこと。「中学生でこれはシンプルにすごいなと思います」と語っていました。
もうひとつ特筆すべきは、兄弟入学の多さです。3人兄弟全員が入学するケースもあります。
内進生、よく頑張った。── 2026年度の進路
インタビューの翌日が国公立大学前期試験のピークでした。結果はまだ出揃っていませんでしたが、私立大学の合格状況について渡邉先生はこう語りました。
中学時代に鍛えた「努力の総量」が、6年後に結果となって表れます。卒業生の中には、国家試験や就職試験でも「中学で身につけた学習習慣のおかげで諦めずに頑張れた」と語る方もいらっしゃるそうです。
取材の最後に、渡邉先生が創立者・近藤ちよ先生の記念室を案内してくださいました。学校の歩みを記録したパネルや資料がぎっしりと並ぶ空間には、60年以上にわたる教育への信念が凝縮されていました。
その部屋を誇らしげに、でも穏やかに紹介してくれる渡邉先生の姿がとても印象に残っています。物腰が柔らかく、飾らない言葉で話し、卒業生の話になると嬉しそうに目を細める。
創立者の想いを今に伝えているのは、展示物だけではなく、狭山ヶ丘学園の先生方なのだと感じました。
校訓「事にあたって意義を感ぜよ」。目指す生徒像は「平凡であるが英知の人、静かであるが深い人、優しいが強い人」。その言葉の意味は、先生方とお話してみると、すっと腑に落ちます。