親が見てきた娘の変化、校長が明かすその理由
柏校長と、高校3年生の保護者である遠藤さんに同席いただき、中学受験を決めた小学4年生のあの日から、高校3年生の今日まで、親と学校がどう並走してきたのかを、双方の視点から伺いました。
小田急線経堂駅から徒歩8分のところに鷗友学園女子中学高等学校はあります。1935年創立、創立者(第2代校長)は市川源三。「慈愛・誠実・創造」──この言葉が、90年経った今も校訓と校歌の中に息づいています。今回の取材で見えてきたのは、制度やプログラムではなく、学校が大切にしてきた理念が日々の現場にどう根付き、それが卒業していく生徒たちの姿にどう映し出されているか、ということでした。
「中学生に戻れるなら鷗友に通いたい」と言った塾の先生がきっかけ
取材は校長室で始まりました。初夏の陽射しが窓から差し込み、廊下の向こうから生徒たちの笑い声が時折聞こえてきます。最初に切り出したのは、なぜ鷗友を選んだのかという問いでした。
遠藤さん:
娘が小学4年生から通い始めた塾の社会科の先生が鷗友学園女子の大ファンでした。『自分が中学生に戻れるなら鷗友に通いたい』とおっしゃるくらいの方で『一度、学校を見に行ってほしい』と勧めてくださいました。
──最初の説明会の印象はいかがでしたか。
遠藤さん:
説明会の中で、卒業式の映像の紹介がありました。映像の内容は、卒業生の代表、そして卒業生の保護者代表の方のあいさつのシーンでしたが、まだ入学もしていないのに感動して泣きそうになりました。その映像から『この学校での6年間を全力で駆け抜けてきたんだな』という感じが、こちらにまでひしひしと伝わり卒業したときにこんな気持ちになれる学校なのかもしれないと思いました。次の説明会には娘と夫とともに参加し、家族で鷗友学園のファンになってしまいました。それから3年間、娘の鷗友学園への志望はブレませんでした。
入学して最初の驚き──子どもたちに対等に向き合ってくれる先生たち
入学後、最初に驚いたことは何だったのでしょうか。遠藤さんは、少し言葉を選びながら答えてくれました。
遠藤さん:
小学校の時、学校のルール説明は『そう決まっているから』で終わることが多くありました。でも鷗友は、先生たちがひとつひとつ噛み砕いて、なぜそうなのかを丁寧に話してくださる。それに驚きました。
遠藤さんは、小学校時代の出来事を重ねて話してくれました。
遠藤さん:
娘が小6のとき、6年生が使う予定だった校庭を2年生に譲ることになり、その理由を先生は『大人の都合だから』で済ませていました。『最近、2年生が雨で使えていないから譲ってあげて』の一言があれば納得できたのに、と娘は腑に落ちない様子でした。
──鷗友ではどう違ったのでしょうか。
遠藤さん:
先生方のカラーで対応はそれぞれですが、『いいから言うことを聞きなさい』みたいなことをおっしゃる先生はいらっしゃいません。中1であろうと高3であろうと、一人の人間として、「今こう考えて、こう判断した」ということをきちんと語ってくださる。だからこそ、受け入れることができるんですよね。
この話を、柏校長は深く頷きながら聞いていました。そして、ゆっくりと口を開きました。
柏校長:
今のお話、まさに真髄だなと思います。私たち、上から下という関係性で生徒を見ません。一人の人間として活躍する人物になりなさい、と創立者である市川源三が語ったように、生徒一人ひとりを、すでに意思や考えを持った存在として向き合っています。もちろん、私たち大人も不完全です。世の中の変化の中で、子どもから見たら、『この大人、わかっていないな』と思われることもたくさんあると思うんです。だからこそ、こちらが教えるだけではなく、子どもたちから学ばされることもある。その感覚が、私たちの中には自然にあるんですよね。
校長は続けて、教員室の空気についても語ってくれました。鷗友の教員室は、他校から着任した先生が驚くほど賑やかなのだそうです。
柏校長:
校長がトップダウンで教員に『これをしなさい、あれをしなさい』と言って、みんながその通り動く、そんな空気は、本校にはまったくありません。むしろ『私はこう思う』『もっとこうした方がいい』と、教員同士で日常的に議論しているんです。授業の進め方、生徒との向き合い方、社会で起きているニュースについてまで常にアップデートする熱量が学校全体にある。これは、他校から来られた先生方からもよく驚かれるところですね。
自分で選ばせる、迷わせる、任せる
鷗友では入学時、最初の保護者会で、「部活動の選択は、保護者は口出しせず、お子さん自身の思いを尊重してあげてください」とお話があるそうです。
柏校長:
これからの多様な情報があふれる時代においては、何が自分にとって必要かを選ぶ力が重要になってきます。失敗してもいい、選んでみること自体が大切な経験になるんです。やってみて違ったら方向転換していい、と保護者の方にもお伝えしています。
──遠藤さんはその言葉、どう受け止められましたか。
遠藤さん:
正直に申し上げると、最初は戸惑いました。中学受験まで親子で一緒に伴走してきたので、急に手を引いてくださいと言われたような感覚でした。部活動以外にも、選ぶ場面の多さに驚きました。学びのプログラムが本当に幅広いです。
柏校長:
放課後の英語サロン、模擬国連、プログラミング、ロボティクス──クラブとは別に挑戦できる場も数多く用意されていて、中には大会や全国大会に出場する生徒もいます。ただ、もちろん全部に参加する必要はありません。体力的にも時間的にも限りがありますから、『選ばない自由』も大切にしていい。大事なのは、『やりなさい』と与えられることではなく、自分のアンテナに引っかかったものを自分で選んでみること。この経験の積み重ねです。情報があふれる時代だからこそ、自分にとって本当に必要なものは何か、何に心が動くのかを見極める力が、ますます大切になっていると感じています。
遠藤さん:
そうした「自分で選ぶ」という経験は、学校生活のさまざまな場面にも表れていますね。特に教科横断day。娘は1日のなかで参加したい講座がいくつも重なってしまって、どれに行くか本気で悩んでいました。
柏校長:
教科横断dayは、先生たちが自分の専門や趣味、関心を持ち寄って、教科の枠を越えて授業を作る日です。年に1回、7月に高校1年生を対象に行っています。目的は、文理選択を前にした高校1年生に、「本来の学びは、文系・理系という枠だけでは捉えきれない」という感覚に触れてもらうことにあります。
例えば、家庭科と社会科の教員がコラボして「風水って意味があるの?」という授業だったり、「センスがよいってどんなこと?」をテーマに社会科と美術科の教員が語ったり。教科の枠を越えたさまざまなテーマに出会うことで、「こんな世界もあるんだ」と知的好奇心を刺激し、自分の興味や関心を広げていくきっかけになれば、という思いが込められています。
先生たち自身が「面白い」と感じていることを、夢中になって語る姿を、子どもたちに見てほしいんですよね。教科横断DAYでさまざまな教科の教員がコラボしているのも、一つの課題やテーマを考えるときには、いろいろな分野や視点からアプローチすることが大切だ、ということを感じてほしいからなんです。
卒業後、何か一つのテーマに向き合ったときにも、「あの話とあの話、繋がるかもしれない」「この分野の友達に聞いてみよう」と、自分の中で学びを広げていけるように。ここで身につけてほしいのは、知識そのものというより、一生ものの学び方なのかもしれません。
自己肯定感を育む仕組み
鷗友を語るときによく出てくるのが、「3日に1回の席替え」です。20年ほど前から続く独特の仕組みについて、校長に背景を聞きました。
柏校長:
価値観が同じ、趣味が同じ、自分の意見を否定されない。そんな環境は、とても居心地がいいものです。けれど、社会に出れば、文化も価値観も異なる人たちと協働していかなければなりません。それはクラスの中でも同じです。クラスには、さまざまな考え方を持つ友達がいます。3日に一度席替えをすれば、そのたびに新しいコミュニケーションが自然と生まれていきます。
意見や考え方が違っても、相手と対話し、関係を築いていける。そういう経験を、日々の学校生活の中で自然に積み重ねていってほしいと思っています。
遠藤さん:
中学3年生の授業参観で、第1次世界大戦後の賠償問題をそれぞれの国の立場で話し合ってみよう、という授業がありました。面白いテーマだったこともあり、多くの保護者が見に来ていました。でも実際に参観に行ってみると、裏で戦略を立てる子、前に出て交渉をする子、みんなそれぞれに動いているんです。黙って座っているだけの子が、本当に一人もいなくて、保護者たちはみんな、「さすが鷗友生だね」と驚いていました。
柏校長:
すべての土台になるのは、「私はここでやっていける」という感覚です。自分には居場所がある、自分も大丈夫なんだと思えること。それが自己肯定感につながっていく。3日に1回の席替えも、そうした土台を少しずつ育てていくための仕組みなんです。
遠藤さんは、ご自身がお子さんを見ていて一番感心するのは、違うものへの寛容さだと話してくれました。
遠藤さん:
『あの子は私とはタイプが違う』ってはっきり言います。でもその一方で、「考え方は違うけれど、彼女のこんなところがすごい」とも話してくれます。そして、何かをするときには「彼女のこの部分があると助かる」と冷静に見ています。中高生でここまで考えられるんだ、と驚きました。お昼を一緒に食べる仲のよい友達も大切だけど、課外活動やイベントの運営には、それぞれの得意分野を活かした方がいいというよう自然に考えているようです。誰かとずっと固まっていないと不安、というのがないみたいです。
口を出さない、という覚悟
園芸の授業は中1と高1で必須
遠藤さん:
中3で初めて後輩をまとめる立場になると、どの部活動も一度はぶつかることが多いみたいです。でもそこを乗り越えると関係がぐっと深まる。中1では『こんなバラバラなメンバーで大丈夫か』と思っていたのに、引退する頃には『キャラクターは全然違うけれど、自分にとって特別な存在』になっている。考え方が違う相手とぶつかり合いながら、少しずつ相手を理解し、認め合っていく。その経験は、3日に1回の席替えに込められた考え方とも、どこか通じている気がします。
柏校長:
技術的な指導や安全面については、教員もしっかり関わります。しかし、人間関係については、必要な場面を除いて、できるだけ子どもたち自身で考え、向き合うことを大切にしています。だからこそ、保護者の方にも「すぐに答えを出すのではなく、少し見守ってあげてください」とお伝えしているんです。
遠藤さん:
子どもからすれば『先生の一言があれば問題は解決するのに』と思うようです。でも先生は言いたいことをこらえて見守ってくださっている。中1の時点ではそれを不安に感じる保護者の声を耳にしましたが、高3になると子どもたち自身が『あの時のぶつかり合いがあったから今がある』って言うようになる。そして親たちもそういうことだったのかと思えるようになります。
鷗友が送り出したい人
柏校長:
6年間で形になることは求めていないんです。中高で目立たなかった子が、大学や社会で開花することも全然あっていい。むしろそれが鷗友らしい。
そしてその「開花」する力は、一生続くもののようです。60〜70代になっても藤棚を見に学校に戻ってくる卒業生がいて、「人生が辛いときに校歌のフレーズが出てきて頑張れた」と笑顔で話してくれるのだそうです。
柏校長:
『外の世界へ踏み出してみよう』って意識的に伝えています。自分で『無理だろう』と決めつけている殻を破って、もっと広い世界を見に行ってほしい。最初から大きな挑戦でなくていい。ちょっとやってみようかな、の積み重ねが、少しずつ自信につながっていく。求めているのは、ただ強くあることではなく、「しんどいな」と感じるときがあっても、歩みを止めずに進んでいけるしなやかさなのです。そして、自分の幸せだけではなく、人と一緒に幸せになるところにも喜びを感じてほしい。鷗友が送り出したいのは、そういう『タフで愛ある人』なんです。
遠藤さん:
娘を見ていて思うのは、自分さえよければいいという感覚があまりないですよね。誰かが頑張っているときに『じゃあ自分がサポートやるね、最高のサポートやるから任せといて』って自然に動く。3日に1回の席替えにはじまり学校生活の積み重ねが、こういう姿になっているのかなと思います。
最後に、高校3年生のお子さんを見ていて思うことを伺いました。
遠藤さん:
大学受験を控え、全く心配がないわけではありません。でも親としては、今こそきちんと見守ろう、そして必要なサポートをしようと思っています。──来年の春には娘たちの高校の卒業式がやってきます。もしかすると、私たちも小4のとき、説明会で見た保護者と同じ気持ちになれるのかもしれない。今は、そう感じています。
編集後記
校長室を出ると、ちょうど授業の合間だったらしく、廊下を行き交う生徒たちの笑い声が耳に入ってきました。柏校長は、その表情や声のトーンで生徒たちの今の様子がなんとなくわかるのだそうです。生徒たちが必ず通る廊下には、さまざまなプログラムや課外活動の案内が貼り出されています。自分で選ばせる、人との関わりも自ら選ばせる、ぶつかることで人として育っていく──そんな仕掛けが、学校のあちこちに自然と息づいていることに気づかされました。取材の終わりに、校長がふと漏らした言葉が今も強く印象に残っています。「進んでいるから壁にぶつかるんです。じっとしていればぶつからない。初代理事長の石川志づは昭和10年代初頭に、女子生徒に対して校訓である「創造」を掲げ、『…動いているところには新しいものが湧き出る…足踏みすることなく前進…』とおっしゃっていました。女性が家庭に収まることが当たり前とされた時代に、創立者と共に学校を立ちあげた人物が生徒たちへ放った言葉だと思うと、その先見性に胸を打たれます。」──90年前のその言葉が、今もこの廊下の笑い声の中に息づいているのだと感じた取材でした。